世界中のファッションブランドアウトレットセレクトショップ「LechoZ(レコー)」。

大阪〜関西圏を基盤に活動する「LechoZ(レコー)」は、ファッションブランドのアウトレットアイテムを媒体に、アート・文化を発信する、新型アウトレットセレクトショップです。

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HOSONO BUILDING
VS 細野房雄氏
 
 
『近代建築の美』 img01

RC造地下1階・地上3階建のそのビルは、地下鉄「西長堀」駅から地上へ上がると、すぐにそれと分かる、堂々とした、それでいて趣深い佇まいである。
昭和11年(1936年)竣工のそのビルは、明治以降の華やかな様式建築から、モダニズムのミニマムな表現に移行していく時代を反映している。現代建築ではあまり見ない、縦長の窓の連続、フラットな壁面ではあるが、コーナーはアールを描かれており、当時の面影が垣間見える。
『細野組と細野ビルヂング』

今、この細野ビルヂングを見ると、周辺のビル群からは一歩引いた、とても落ち着いた、優しい面持ちのレトロなビルと感じられる。
勿論、大大阪時代であった昭和11年、細野ビルは、当時の粋を集めた最先端のビルであった。
枚挙に暇はないが、大阪・御堂筋、大阪築港、芦屋・六麓荘を始め、大阪はもとより東京から九州まで、当時の大きな、道路・鉄道・橋梁等、様々な工事に携わっていた「細野組」の本社屋がこの細野ビルヂングだ。

創設者の細野濱吉は、兵庫県家島町(現・姫路市家島町)出身の石材業から、一代で細野組を築き上げた。 濱吉は、学校教育を受けていない、一介の野人であったが、その人間的器量によって、どんな人をも魅了し、常に前進し続けることで、多くの偉業を成してきた。

濱吉は、正に男一疋、裸一貫、腕一本で全ての地位を叩き上げて来たわけだが、彼の人情豊かな、そして剛気で、正義の為には一歩も引き下がらない強気の姿勢は、時代を超えて、現・細野組三代目社長の細野房雄さんにも、その人柄に惚れ込ませている。
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『文化発信基地「HOSONO BUILDING」』

8年前、1階と地下のテナントが撤退したのがきっかけとなり、オーナーの細野房雄さんが、細野ビルに積極的に関わることとなった。当初、14階建の高層ビルに建て替えの予定だったのを取り止め、細野さんはビルの改修を自らの手で行うことにした。

計算され尽くした設計の妙、直線と曲線の絶妙なバランス、何よりもビルそのものの持つ存在感に圧倒させられ、魅せられた。そうして、細野さんによる、新しい細野ビルが創られることとなった。
平成15年の2月に、細野ビルに惹かれた22才のアーティストに地下のスペースをギャラリーとして提供したのを始まりとして、細野ビルは、アートや文化の発信拠点として再び活気を帯び始めた。

「アーティストがアーティストを呼んで、どんどん広がっていくねん。そこに、ぼくは自分の意志を入れへんかった。」そう言う細野さんは当時、アートに興味はそれほどなかった。


ただ、細野ビルを自分の代でほったらかしにしてしまっていたことに対して、そして濱吉に対しても自責の念から、ビルと対話しながら、手を入れるべきところには自ら手を入れ、残すべきところは、経年変化をそのまま残し、日々修復に努めていた。

職人に頼めば、すぐに終わってしまうであろう修復作業も、自らの反省の気持ちから誰にも触らせることなく、ただただ、ビルの存在を感じながら、もう一度細野ビルヂングを創っていった。

細野ビルに魅せられる人は、日に日にその数を増し、同年の6月6日、午後6時6分6秒にスタートした「六六展(ろくろくてん)」には、66人のアーティストが参加し(実際は69人まで増えたそうだ)、ビルから人が溢れる程の大盛況を博した。アーティストや作家の友人・知人は勿論、近所の人々や、道行く人までもがその熱気に立ち止まり、ビルに入って来るなど大勢の人々が訪れた。

その後、細野ビルは、ギャラリーとしては勿論、ファッション誌の撮影が行われたり、ジャズを始めとする音楽のライブが開催されたり、ファッションショー、展示会、個展など、アートだけではなく様々なカルチャーとサブカルチャーの発信基地となった。
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『気さくな細野さん』

いつも、細野ビルへ行くと、細野さんは笑顔で迎えてくれ、まず一番最初に、誰に対してもその時行っている個展やイベントを丁寧に説明してくれ、アーティストさんも必ず紹介してくれる。
本当に色々なことを、時には口を挟むことが出来ない程、真剣に話をしてくれる。現在の細野ビルは、細野さんそのものである。

「みんな本物やねん。アーティストも勿論そうやし、お客さんもそう。
やから、来て下さったお客さんには、お茶をお出しするようにアーティストに言うこともある。」

細野ビルでは、本当に誰もが平等である。どんな年配の方でも、身構えることなく、自然な気持ちでお話をさせて頂くことの出来る、とても希有な場所であろう。レトロで趣のある空間・雰囲気と、この「自然な気持ち」になれる空間・雰囲気がひとつに感じられることが、多くの人々を惹き付ける所以だろう。
海外からも様々なアーティストが細野ビルに魅せられ、イベントのオファーを申し入れている。ファッションブランドの「メゾン・マルタン・マルジェラ」が大阪に初出店する際も、オファーがあったようだが、やはり、どんなアーティストもデザイナーも、どこか似た雰囲気を持っている。

【レトロで趣深い、稟とした緊張感の中に、どこか自然体で居られる、絶妙な隙のある空気感】

それは、細野さんが尊敬して止まない、祖父・濱吉の人柄そのものではないだろうか。現代の情報の氾濫した時代の中で、細野ビルの活動や佇まいは、文化発信基地としてのそれだけではなく、人間の器量や生き方を提言してくれているように映る。

細野さん 「実は、ひとつ楽しみにしていることがあんねん。新しい事をやってやろうと思ってんねん。まだまだ、今の自分じゃぁ、濱吉に頭があがらへんけど、やからこそ絶対やったろうと思ってんねん。」

細野ビルの机の前でそう話してくれた細野さんの顔は、正に真剣そのものであった。ただ、その目の奥にはとてもキラキラした輝きを持って、いつものように話してくれたのである。

【細野ビルヂング】 大阪府大阪市西区新町4丁目5番地7号
地下鉄長堀鶴見緑地線、千日前線「西長堀」出口4-C
http://www.sgy3.com/hosonobldg/index.html
2008.3.27 文・写真 LechoZ記者
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